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世間一般の声と天と地ほども温度差があるのは百も承知なので普段は余り言わないことにしているのだけれど、11/27なので特別に。

小室哲哉というひとは、誰が何と言おうと私にとっては永遠に、"TMのキーボーディストのてっちゃん"で、ばーんっと大風呂敷を広げては、あっという間にそそくさとそれをたたみ、キネウツの後ろに逃げ込んでは、ゴメンネ、とニッコリ笑って全てを許してもらおうとする大ウソツキで大ペテン師で蝶よ花よと甘やかされて育った箱入娘のような、それでも音では絶対にウソはつかなくて時々自らの抱えている孤独さの反動みたいな酷く優しいことをポロリと言う、ひとで、そんなアンバランスさを私達は、彼の一挙手一投足にブンブン振り回されながらも、とても、とても愛していた。外では、そんなこと絶対に通用しないんだからね、なんて言いながら。
爆発的なエネルギーを内に秘めながらも逡巡と躊躇を繰り返す、ひとだったのだ。
それが、そのまんまのアンバランスさで外に出て行ってしまったかと思えば、あろうことか、あれよあれよという間に"ためらわないまよわない完璧TK"のイメージが流布してしまい(この頃、色々なひとに「良かったね」と言われたけれど私はあれは全く良く似た他人だとおもうことにしていた、だって顔が、全然、違う。)、そして気がつくと彼は、自分のアンバランスさをそのまま引き受けたような業を顔に刻み、その顔と、まるで同じ音を作るひとになっていた。
ここ何年かは、そんな、どうしても拭い切れない澱のような音の中から、キーボードの弾き癖とか裏メロで鳴る鮮やかな音色とか、ところどころにある"てっちゃん"の欠片を細い糸を手繰るように見つけ出していたのだけれど今ようやく、ようこそ、お帰りなさい、な兆しが見え始めたなぁ、と。
ライブで目の合ったファンを射抜く眼光で睨み返す、遠いところを見る目が、ぞっとするくらい時々寂しい、そして、キネウツとしょーもないことを言いあっては八の字眉毛の困った顔で爆笑する、"てっちゃん"は、なんか、そんなかんじ、だよね。

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